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糖尿病日記 (入院生活1)

ここからは入院生活です。

 

まずは、簡単な一日の流れですが

 

・起床後すぐ体温測る

・朝ごはん※ごはん前の血糖値測定とインスリン投与があります。

・血糖値測定※ごはん後の血糖値と食後の薬(飲み薬)

・検査

・昼ごはん※朝ごはんと同じことをします。

・血糖値測定※朝ごはんと同じことをします。

・検査

・晩ごはん※朝ごはんと同じことをします。

・血糖値測定※朝ごはんと同じことをします。

 

これが、入院中の僕の生活でした。

簡単に書きましたがこんな感じです。

同じことの繰り返しで、日にちの感覚がなくなるかと思いきや

そうではなく、むしろ一日一日が早く過ぎていきました。

幸い、入院中も仕事が山のようにあったので気がまぎれる感じでした。

あと、いろんな方々がお見舞いに来てくれたりしたのですごく気が紛れました。

今になって思うのですが、仕事(何かに没頭出来る時間)とお見舞い(誰かと

会って話す)がなければ、僕は少し病んでいたかもしれません。

以上を踏まえてここからの話を見ていただけると幸いです。

 

 

入院生活①(入院~1か月)

 

いよいよ、糖尿病並びに足の壊疽部分の治療が始まりました。

まずは、足の壊疽部分の検査内容です。

・1日1回担当医師が足の確認(術後~1週間程度)

壊疽部分の検査は入院当初はこのぐらいです。

術後すぐですので、手の施しようがなかったらしく自分でもどうすることも

出来ないもどかしさや葛藤があったのを今でも覚えています。

そして、糖尿病の治療。

ここからは、こちらがメインになると担当医師に言われました。

当初の血糖値は

450

でした。

まずは、ここから下げていきましょうと言われました。

実際、普通の人はと言うとこちらをご覧になるのが一番早いと思います。

僕の場合、空腹時でこの数値です。

術後2日経ってるのにこの数値は異常ですと言われました。

ここからは、インスリン投与と飲み薬を併用してもらいますと。

まずは、この数値を平均的な数値まで下げましょうと。

薬の種類は二つ。

・インスリンを出しやすくする薬

・インスリンを効きやすくする薬

以上の2点です。

薬の名前は

・インスリンを出しやすくする薬  アマリール

・インスリンを効きやすくする薬  メトグルコ

初めて聞く薬の名前ですし、何より糖尿病の治療って飲み薬で

改善するものなんやと初めて知りました。

ですが、薬を処方された瞬間

・食前食後のインスリン注射

も必要と言われたので、ここでようやく聞いてた糖尿病の治療を

想像することができました。

担当医師からは

「糖尿病は【治す】ではなく、【下げて、一生付き合っていく】もの」

だと説明されました。

薬の投与はもちろんのこと、インスリン注射も場合によっては

退院後も注射する生活が待っていますとのこと。

言われてすぐは動揺してしまいました。

一生かけてこの病気と付き合わなければならないのかと。

でも、すぐに心変わりしました。

「じゃあ薬もインスリンもない生活を目指す」

この一言を担当医師にも言いましたが

「それが出来るのは一部の人だけです。ここまでひどい数値の患者さんが

薬なしで普通に戻れるのはごく稀なことですよ。でも、最初からその頑張り

をもって治療にあたるのはいい心構えです。期待しています。」

こう言われたのを今でも覚えています。

この時、担当医師の一言で火が付いたのです。

まずは、徹底的に自分の状態を調べること。

そして、糖尿病とはどういうものなのかということ。

薬と注射をもらった時に頂いた冊子があるのですが、それを何回も

繰り返し読んだことを昨日のことの様に思い出します。

薬の説明が終わった後、見知らぬ人の姿がありました。

その人は「管理栄養士」でした。

今後の入院生活の食事プランを提案していただきました。

僕のイメージで言うと、病院食は味が薄いのイメージでしたが

管理栄養士さん曰く「塩分控えめだといってそうではない」とのこと。

からくりは単純でした。

「塩分は控えて、【御出汁】で味をつける」ということ。

日本食の御出汁のイメージでしたが、御出汁の概念をかえるといい。

洋食では出汁とは言わず、ブイヤベースとかフォンドヴォー。

的な感じです。

すぐの昼食は和食でしたが、出汁がきいていて味も普通についている。

これで糖尿病食と言っていいのかと思うほどの味付け。

入院生活のうちの悩みのひとつが解決した気がしました。

食への不安・薬への不安はこの数分~1時間程度でなくなりました。

正直、内心ほっとした部分でした。

入院生活の衣食住の食の問題は解決しました。

が、住の部分の不安はまだぬぐいきれず。

なにせ、大部屋だったのでなかなか大変でした。

この悩みだけは退院するまで続きました。笑

衣の部分は、最初のうちは病院で用意されたパジャマみたいなものです。

ズボンはなく、ガウン的なものでした。

理由は簡単。足がベッドに固定されていたので着替えは上半身のみ。

お風呂も入れず。

でも汗をかくこともないし、毎朝晩体をふいていたので

一応は清潔は保たれていました。

入院生活の衣食住問題は一応解決ってことにしとこうと自分に

言い聞かせてました。

※あくまで余談ですが、大部屋10人枠の一番端っこだったので

ほかの患者さんよりかはベッドスペースが広かったのを覚えています。

 

そして、その日の午後からは検査。

まずは、足の状態のチェック。

この日は固定剤をしたまま、車いすに乗せられ形成外科へ。

腕には点滴(挿したまま)、尿道にも管(常時尿貯め用)をつけながらの

車椅子移動はなかなかの困難。

座った瞬間痛みも走るし、苦痛以外の何物でもなかったです。

形成外科に着くと、まずは傷口のチェック。

当初から2週間目くらいまでは、そんなに状態は良くなかったです。

というのも、僕は全体的に悪いとこだけ切除(デブリ)して

ほかの部分は残していたからです。

骨には、骨髄炎というのを残したままでしたので、こいつがいつ爆発するか

わからない状態のまま2週間が経過。

担当医師からはあまりお勧めしないので、やはり右足の膝から下を切るほうが

いいのではと言われていました。

でも2週間が経ったころの傷口の検査でちょっと明るい情報が。

実は、傷口を電気メスで切っていたところ本当なら痛みを感じないはずの

足に痛みを感じました。

※電気メスで切られるというのは、本来痛みのあるかないかの反応を見たり

骨髄炎周辺の肉を削ぎ切るときに用いられます。そのため、一応麻酔等を

用いたりするのですが僕の場合、麻酔はされず、自分の肉が焼き切られていく

様を見ながら、匂い(体が焼かれていく)と痛み(生身の足肉を切られる)を

感じ(少々気を失いかけながら)ながら検査を受けてました。

さすがの痛みに強い僕も耐え切れずに担当医師に痛いです。と。

すると、医師からは逆に微笑みかけられ意外な一言。

「痛いといいました?ほんとに痛いと思いました?反射で痛いと言ってません

か??」と言われ、内心【何を言ってるんだ!!痛いに決まっている!】と

心の中で叫びながら医師には「ものすごく痛いです」と顔をゆがめながら

いいました。

すると、医師は「よし!じゃあもう一回手術しましょう!!」と。

僕は何が起こっているのか説明してほしかったので問いかけたところ

「痛みを感じるのは切ったはずの神経(一回目の手術で腱と神経切ってます)

が、つながっている若しくはつながろうとしていることです。それは骨髄炎が

邪魔をしない位置にいて今からなら悪いところを切除(デブリ)できる」

とのこと。

少し光が差しました。

僕の返事は一言。

「お願いします。右足五指残す方法を選んだのは僕なのでそれが確実なものに

なるのであればぜひともお願いします。」

医師との信頼関係はそこでぐっと結ばれました。

「ですが、準備が必要です。とっしーさん(ここは本名)今からまた2週間、

今までと同じ生活になりますが耐えれますか?」

僕は「耐えれます。耐えてみせます。」と返しました。

今から手術準備を始めるので最低でも2週間。遅くて1か月必要だという

ことを知らされました。

そんなことなら待つ。今以上に回復の見込みがあるならそこにかける!

入院から1か月でここまでの見込みがたてるなんて思ってもみなかったのが

僕の心情でした。

医師からは最初「入院は3か月以上」が必要です。

としか伝えられていなかったので、ようやく光が差した瞬間でした。

ここまでが、入院生活①(当初から1か月)です。

次は入院生活②(1か月~2か月)を書き記していきたいと思います。

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